ワインの香りの不思議
銀座クラブチック
ソムリエ 鈴木 昌武
ワインを的確に分析し、表現するために、“テイスティング用語”というものがあります。
「爽やかなシトラスの香りに、マンゴーやパインなどの南国の果実味が感じられる。香りが豊かでバランスがよいワインです。」「野いちごなどの赤い果実の香りがあり、さらに時間差でプラムやピーチのアロマが感じられるワインです。」など、ワインを説明する時に、果実やスパイスなどに例えることがあります。
「ワインにはぶどう以外のモノは入ってないんじゃないの?」「何で他のフルーツなどの香りがするんだろう?」と思う方もいるのではないでしょうか。
果実や野菜、さらには花やスパイスなども表現に使われますが、もちろんこれらは比喩的な表現で、ぶどう以外の果実が入っているということではありません。
では、なぜ、ぶどうが原料のワインなのに、マンゴーやパインなど、他の果物の香りが感じられるのか。
不思議に思われますが、一般にぶどうの香りとして認識されているのは、“テルペン”と呼ばれる成分で、食用ぶどうには多く含まれていますが、実はワイン用のぶどうにはほとんど含まれていないそうです。
赤ワインは果皮由来の香りも含まれ、白よりも複雑になりますが、白ワインからの果物の香りは、ワイン醸造の過程で、おもに酵母による発酵によって香りを呈すると考えられています。
白ワインの香りは、涼しい環境で育ったぶどうから造られた白ワインは、爽やかですっきりとしたレモン、ライム、青リンゴなどの香りが多く表れます。
収穫時のぶどうの凝縮度が高くなるに従って、カリン、洋梨、ピーチと濃厚な香りになっていき、さらに熟した白ワインからは、パイン、マンゴーなどの南国系の香りとして現れてきます。
多くの場合、ニュアンスとして連想したり、または共通した香り成分が含まれていると言う事で、そのものの味や香りがする訳ではありませんが、中には直ぐにそれと分かる香りもあります。
同じ品種のぶどうであっても、太陽、水、土などの軽微な環境の違いによって出現する香りは変化していきます。
ある研究データによると、ワインにはおよそ500個以上の香りが検出されていて、それぞれのワインごとに、いくつかの香り成分が合わさることで、イチゴやカシス、パイナップルなどの果実っぽい香りや、野菜やスパイスなどの香りとして出現してきます。
もともと、他の果物や野菜などの香りとして使用するテイスティング用語は、ワインに携わる職業の人たちのコミュニケーションを取るためのもので、国際的に通用する共通語として体系化されてきました。
お客様にお伝えする時や、食事の際のテイスティングでは、こういった比喩表現を用いるやり取りはあまり歓迎できないという声も多く聞かれます。
ですが、ワインを最初に飲んだ頃は、何を飲んでもワインはワインの香りとしてしか感じていなかったものが、年齢や食などの経験、そして香りに関する語彙が増えることで見え方が変わったり、ワインの香り表現のレパートリーが増えることで、よりワインを美味しく、楽しく飲むことができるのではないでしょうか。